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文の楽しみ
寒さが厳しい日々が続いている。
冬になるといつも、「冬ってこんなに寒かったかしら?」と思うので、今年が格別寒いかどうかわからない。しかし天気予報では、今年は特に寒いと言っている。そんな中、心温まる文をいただいた。
先週、我が家で行った「香の会」に来てくださった近藤美都也先生からのお手紙は、達筆な毛筆で、お礼の言葉が丁寧に書かれていた。流石にお香の先生だけあって、お習字もうまい。文を開けると、文香の香りが漂ってくる。日本の文化の繊細さ、本当に大好きだ!
近藤先生は、あの香の会のあと、インフルエンザにかかってしまったそうだ。あの日は、とても寒い日で、しかも火の気のない寺の本堂での会であったので、先生は風邪をこじらせたのに違いない。本当に申し訳なかった。
最高のもてなしを目指した「香の会」は、指導してくださった先生にも、そして各大使夫人たちにも好評のようで、ほっとする。寒い日の香りは、鮮明にマダムたちの記憶にとどまるに違いない。
今度は、暑い夏の日の「香の会」に挑戦してみようかしら。。。
冬になるといつも、「冬ってこんなに寒かったかしら?」と思うので、今年が格別寒いかどうかわからない。しかし天気予報では、今年は特に寒いと言っている。そんな中、心温まる文をいただいた。
先週、我が家で行った「香の会」に来てくださった近藤美都也先生からのお手紙は、達筆な毛筆で、お礼の言葉が丁寧に書かれていた。流石にお香の先生だけあって、お習字もうまい。文を開けると、文香の香りが漂ってくる。日本の文化の繊細さ、本当に大好きだ!近藤先生は、あの香の会のあと、インフルエンザにかかってしまったそうだ。あの日は、とても寒い日で、しかも火の気のない寺の本堂での会であったので、先生は風邪をこじらせたのに違いない。本当に申し訳なかった。
最高のもてなしを目指した「香の会」は、指導してくださった先生にも、そして各大使夫人たちにも好評のようで、ほっとする。寒い日の香りは、鮮明にマダムたちの記憶にとどまるに違いない。
今度は、暑い夏の日の「香の会」に挑戦してみようかしら。。。
いけばなインターナショナル新年会
先週の金曜日、土曜日といけばなインターナショナルの新年会が続いた。
この両日、私は久しぶりに訪問着を着る。正式な席のためには、これまではホテルでヘアメイクをし着付けしてもらうことが多かったが、最近はなるべく自分でするようにしている。せっかく日舞を習っているので、着物の着付け位自分でしなくては。袋帯を使って二重太鼓を結ぶのは結構大変なのだ。うまく結べるときとそうでないときがある。集中力の問題か?着物の着付けはなれることが大事だとつくづく思う。
ということで、東京支部の新年例会に参加。名誉総裁の高円宮妃殿下久子様、ご臨席のもと、煌びやかな新年会が、ホテルオークラで開催された。450名の会員が参加する中、小原流の鈴木先生による素晴らしいデモンストレーションであった。枝物をふんだんに使い、ダイナミックないけばなが次々に出来ていく様は壮観であった。
そして、土曜日。鎌倉支部の例会が、大仏殿で開かれた。今回のプログラムは、昨年、芸術選奨文部科学大臣賞を受賞された砂崎知子先生によるお琴の演奏と、「めでたや」さんの餅つきだ。インター側から50名近くのお客様が参加。総勢130名の賑やかな会になった。砂崎先生の演奏は、従来の琴のイメージを打ち破るようなドラマティックなものであった。ブラボー!
続いて、英語と日本語による餅つきのパフォーマンス。2009年の新年会でも「めでたや」の餅つきを紹介したら大人気であった。今年は、さらにグレードアップして、様々な趣向で楽しませてくれた。イスラエルの大使夫人も初めて参加。日本の文化に造詣深く、餅つきにも参加してくださった。子供たちも大喜び。次々に自分で杵をもって餅つきにトライしていた。
さすがに、2日間続けて着物を着ていたら、肩がはってきた。いや、そればかりではなく、お琴の曲の説明の英訳や、いけばなインターナショナルの年3回のニュースレターの作成で、英語の原稿とにらめっこしているせいだ。楽しく華やかな世界のいけばなインターナショナル。その陰で、裏方は肩こりと戦っている。
この両日、私は久しぶりに訪問着を着る。正式な席のためには、これまではホテルでヘアメイクをし着付けしてもらうことが多かったが、最近はなるべく自分でするようにしている。せっかく日舞を習っているので、着物の着付け位自分でしなくては。袋帯を使って二重太鼓を結ぶのは結構大変なのだ。うまく結べるときとそうでないときがある。集中力の問題か?着物の着付けはなれることが大事だとつくづく思う。
ということで、東京支部の新年例会に参加。名誉総裁の高円宮妃殿下久子様、ご臨席のもと、煌びやかな新年会が、ホテルオークラで開催された。450名の会員が参加する中、小原流の鈴木先生による素晴らしいデモンストレーションであった。枝物をふんだんに使い、ダイナミックないけばなが次々に出来ていく様は壮観であった。
そして、土曜日。鎌倉支部の例会が、大仏殿で開かれた。今回のプログラムは、昨年、芸術選奨文部科学大臣賞を受賞された砂崎知子先生によるお琴の演奏と、「めでたや」さんの餅つきだ。インター側から50名近くのお客様が参加。総勢130名の賑やかな会になった。砂崎先生の演奏は、従来の琴のイメージを打ち破るようなドラマティックなものであった。ブラボー!
続いて、英語と日本語による餅つきのパフォーマンス。2009年の新年会でも「めでたや」の餅つきを紹介したら大人気であった。今年は、さらにグレードアップして、様々な趣向で楽しませてくれた。イスラエルの大使夫人も初めて参加。日本の文化に造詣深く、餅つきにも参加してくださった。子供たちも大喜び。次々に自分で杵をもって餅つきにトライしていた。
さすがに、2日間続けて着物を着ていたら、肩がはってきた。いや、そればかりではなく、お琴の曲の説明の英訳や、いけばなインターナショナルの年3回のニュースレターの作成で、英語の原稿とにらめっこしているせいだ。楽しく華やかな世界のいけばなインターナショナル。その陰で、裏方は肩こりと戦っている。
ハンガリーの犬
今週、私は、馴染みのある大使館で新しい発見をした。
これまでに、何回も取材した経験のあるハンガリー大使館。ハンガリーのことなら結構詳しいと自負していたにもかかわらず、今回の取材で新たなる発見があった。それは、ハンガリーの犬。大使ご夫妻がとても可愛がっている犬は、古い血統を持つ牧畜犬プーリーとテリアの混血だ。もともとは、草原を駆け回る種類の犬だが、最近はペットとして飼育されるようになったそうだ。ハンガリーから大使夫妻と一緒に来日し、東京のマンションで暮らしているそうだけれど、環境の違いに驚いているに違いない。
とにかく、とっても元気な可愛い犬。写真撮影でも、きちんとポーズをとったのには驚いた。もし、ハンガリーに行ったら、是非この可愛い犬を見て欲しい。犬好きの人には、魅力的な旅の目的になるに違いない。
これまでに、何回も取材した経験のあるハンガリー大使館。ハンガリーのことなら結構詳しいと自負していたにもかかわらず、今回の取材で新たなる発見があった。それは、ハンガリーの犬。大使ご夫妻がとても可愛がっている犬は、古い血統を持つ牧畜犬プーリーとテリアの混血だ。もともとは、草原を駆け回る種類の犬だが、最近はペットとして飼育されるようになったそうだ。ハンガリーから大使夫妻と一緒に来日し、東京のマンションで暮らしているそうだけれど、環境の違いに驚いているに違いない。
とにかく、とっても元気な可愛い犬。写真撮影でも、きちんとポーズをとったのには驚いた。もし、ハンガリーに行ったら、是非この可愛い犬を見て欲しい。犬好きの人には、魅力的な旅の目的になるに違いない。
源氏香の会
源氏香の遊びは、静かに始まるはずであった。私の描くイメージは平安絵巻。本当は夫人たちに着物を着せたかったが、とてもそんな時間が見つからなかった。
最初に、ウルグアイ大使とノルウェー大使夫人が我が家に到着。まず客殿に通す。あまりの部屋の中の寒さに、インド出身のノルウェー大使夫人が震えた。次に、スイス、アメリカ、モロッコの大使夫人が到着。同じように、部屋の中の温度が低いのに驚き、「住居の中もこんなに寒いの?」と聞かれた。
「これから本堂で始めるお香の会は、もっと寒いわ」と言うと、皆は身構えた。しかし、香の会では、常に自然のままの温度で行うものとか。寒いとき、暑い時のエアコンは、香の匂いに邪魔であり、また、自然の温度にそうことも、香の心なのだ。(といいつつも、この寒さ、もてなしの観点からいくとすごいマイナスだ。ここちよく過ごしていただくことに反する。。。。)
そして、始まったお香の会。まずは自分たちで墨をすることから始まる。和紙に名前を書き、香を聞くたびに、筆で縦に線をひき、同じ香りがあれば横線をひく。そして出来上がった図を、源氏物語の52章の名称のついたものの中から選ぶという遊びだ。これを英語で説明するのは、かなり難しい。「なぜ?」「源氏物語のこの章はどんな内容?」などするどい質問が次々にやってくる。とてもおごそかな平安時代の再現というわけにはいかないほど賑やかになった。
同じ香りを嗅ぎ分ける(香では、聞くという)のは難しい。よほど集中しないといけない。でも、この集中のあとには、楽しい正月のお料理が待っているのだ。
客殿にもどり、まずは、御屠蘇を差し上げる。そして、お雑煮を出す。鎌倉を代表する井上かまぼこの梅花はんぺんと二色玉子が好評だ。姉の作った弁当には、出し巻き玉子、さわらの照り焼き、ぬたが入っている。皆さん、「美味しい」といってよく食べてくださった。最後は揚げたての天ぷらを出す予定。マダムたちは天ぷらが大好き。ところが、天ぷらの支度に準備がかかった。そこで、ここでドアプライズをすることに。
「ここん」で購入した、干支のさいころを、近藤先生と名鏡先生に転がしていただき、出てきた干支の人形を持っている人に賞品が当る予定。一等は、雛人形。二等は干支の置物。皆、大盛り上がり。雛人形は、こぶりでとても可愛い。あたらなかったアメリカの大使夫人が、「ここんってどこ?帰りによって買って帰りたい」と言う。
わいわい騒いでいるところに、やっと天ぷらが登場。マダムたちは天ぷらが大好き。一流レストランのようにはいかないが、とにかく今日は全て手作りで勝負だ。
そして最後に、私は舞った。その題名は「香に迷う」。「今日は香の会によく来てくださいました。最後は、香に迷う私たちの今を踊りで表現します!」
この振りを私は全て忘れている。しかし、今日ほど、その歌詞を聞きながら、こういう表現をしたいのだと考えながら踊ったことはない。振りではなく、その役になって踊るという意味では、一番目的に合った踊りだったかもしれない。
こうして、準備周到に迎えた「香の会」が終わった。大使館からお迎えの車が到着し、マダムたちが帰っていった。買い物をする人、温泉に行く人、ひさしぶりに鎌倉の冬を味わっていただけたことと思う。
最高のもてなしを目指した私の感想は、どんなに準備しても100点というわけにはいかないということだ。人をもてなすことは難しいと痛感。特に、今日の寒さは、マダムたちには堪えたに違いない。ただ、「あの日は寒かったわね」という印象だけは残したかもしれないが。
そして、ホステスとして一番のマイナスは、皆と一緒にゆっくり座って食事をしなかったこと。1人であっちに行ったり、こっちに行ったり、席に着く間がなかった。これは、日本では通常のことであるが、外国の人たちにとっては落ち着かないものらしい。「ホステスのJUNKOが一緒にいないのはなぜ?」と皆が不思議がったとか。
ま、今度は、家政婦の三田さんでも呼んでこようかな?
最初に、ウルグアイ大使とノルウェー大使夫人が我が家に到着。まず客殿に通す。あまりの部屋の中の寒さに、インド出身のノルウェー大使夫人が震えた。次に、スイス、アメリカ、モロッコの大使夫人が到着。同じように、部屋の中の温度が低いのに驚き、「住居の中もこんなに寒いの?」と聞かれた。
「これから本堂で始めるお香の会は、もっと寒いわ」と言うと、皆は身構えた。しかし、香の会では、常に自然のままの温度で行うものとか。寒いとき、暑い時のエアコンは、香の匂いに邪魔であり、また、自然の温度にそうことも、香の心なのだ。(といいつつも、この寒さ、もてなしの観点からいくとすごいマイナスだ。ここちよく過ごしていただくことに反する。。。。)
そして、始まったお香の会。まずは自分たちで墨をすることから始まる。和紙に名前を書き、香を聞くたびに、筆で縦に線をひき、同じ香りがあれば横線をひく。そして出来上がった図を、源氏物語の52章の名称のついたものの中から選ぶという遊びだ。これを英語で説明するのは、かなり難しい。「なぜ?」「源氏物語のこの章はどんな内容?」などするどい質問が次々にやってくる。とてもおごそかな平安時代の再現というわけにはいかないほど賑やかになった。同じ香りを嗅ぎ分ける(香では、聞くという)のは難しい。よほど集中しないといけない。でも、この集中のあとには、楽しい正月のお料理が待っているのだ。
客殿にもどり、まずは、御屠蘇を差し上げる。そして、お雑煮を出す。鎌倉を代表する井上かまぼこの梅花はんぺんと二色玉子が好評だ。姉の作った弁当には、出し巻き玉子、さわらの照り焼き、ぬたが入っている。皆さん、「美味しい」といってよく食べてくださった。最後は揚げたての天ぷらを出す予定。マダムたちは天ぷらが大好き。ところが、天ぷらの支度に準備がかかった。そこで、ここでドアプライズをすることに。
「ここん」で購入した、干支のさいころを、近藤先生と名鏡先生に転がしていただき、出てきた干支の人形を持っている人に賞品が当る予定。一等は、雛人形。二等は干支の置物。皆、大盛り上がり。雛人形は、こぶりでとても可愛い。あたらなかったアメリカの大使夫人が、「ここんってどこ?帰りによって買って帰りたい」と言う。
わいわい騒いでいるところに、やっと天ぷらが登場。マダムたちは天ぷらが大好き。一流レストランのようにはいかないが、とにかく今日は全て手作りで勝負だ。
そして最後に、私は舞った。その題名は「香に迷う」。「今日は香の会によく来てくださいました。最後は、香に迷う私たちの今を踊りで表現します!」この振りを私は全て忘れている。しかし、今日ほど、その歌詞を聞きながら、こういう表現をしたいのだと考えながら踊ったことはない。振りではなく、その役になって踊るという意味では、一番目的に合った踊りだったかもしれない。
こうして、準備周到に迎えた「香の会」が終わった。大使館からお迎えの車が到着し、マダムたちが帰っていった。買い物をする人、温泉に行く人、ひさしぶりに鎌倉の冬を味わっていただけたことと思う。
最高のもてなしを目指した私の感想は、どんなに準備しても100点というわけにはいかないということだ。人をもてなすことは難しいと痛感。特に、今日の寒さは、マダムたちには堪えたに違いない。ただ、「あの日は寒かったわね」という印象だけは残したかもしれないが。
そして、ホステスとして一番のマイナスは、皆と一緒にゆっくり座って食事をしなかったこと。1人であっちに行ったり、こっちに行ったり、席に着く間がなかった。これは、日本では通常のことであるが、外国の人たちにとっては落ち着かないものらしい。「ホステスのJUNKOが一緒にいないのはなぜ?」と皆が不思議がったとか。
ま、今度は、家政婦の三田さんでも呼んでこようかな?
最高のもてなしをめざして
寒い日が続く。
そんな中、鎌倉の我が家で、「香の会」を開催することになった。昨年、サウジアラビアの大使公邸で行われた「香の会」の続編である。そのときに出席できなかった大使夫人を中心に、「源氏香」のお遊び会をしようという話がもちあがったのが2ヶ月前。そしてアメリカの大使夫人が「JUNKOのところでどう?」と提案。小さな、冷暖房も完備していない我が家?と一瞬戸惑ったが、これは、私にとって一つのチャレンジであると考えなおし、「じゃあ、お正月にやりましょう!」ということになったいきさつがある。
いつも、大使館に招待されて、マダムたちのホスピタリティーに学ぶことが多い。この経験を生かし、いかにお客様を気持ちよくお迎えし、お帰りいただくか、ここは、私ができる範囲の最高のもてなしをめざそうと思ったのだ。
まず、招待状の作成。お気に入りの雑貨や「ここん」(ここにはお香グッズがもたくさん用意されている)で、招待状用の便箋セットを購入。もちろん、文香も忘れない。季節を考えて梅の形をしたものに。手紙を開けたときにプーンと漂ってくる香り、気付いてくれるといいけれど。
次に、姉に料理の準備をお願いする。料理大好きな姉にメニューはおまかせ。義母が清水の舞台から飛び降りる気持ちで買ったという輪島塗りのお弁当箱を使わせていただくことに。お雑煮椀も、しばらく使っていない塗りのお椀を準備した。お正月にでかけた「九つ井」で見つけたカラフルな長皿を購入。これも料理を引き立てることだろう。
お香の準備は、前回と同じく近藤先生にお願いした。そのお弟子さんの遠州流お家元の名鏡先生、そのお嬢様もお手伝いに来てくださることに決まった。
築20年の客殿の畳替え、障子の張替えも年末には終わり、寺の門と塀の修復作業もほぼ完了した。「もっと大きいお寺で開催したほうがいいんじゃないの?」と義父の心配をよそに、準備は着々と進んでいく。小さい寺だからこそ、心のこもったおもてなしが出来るはず。それを考えるのは楽しい作業だ。
今回の出席者は、ウルグアイ大使、アメリカ大使夫人、ノルウェー大使夫人、スイス大使夫人、モロッコ大使夫人とパキスタン大使夫人の5人だ。このマダムたちの昼食のお席をどう決めるか?外務省の優先順位に従うには、あまりにも芸がなさすぎる。そこで、小さな干支の置物とコースターを「ここん」で購入した。まず小指の先ほどの可愛い干支の置物を、部屋に入るときに選んでいただき、その干支と同じコースターの置いてある席に座っていただくことにした。このアイデアは、モロッコの大使夫人に学んだもの。可愛い靴を使った席順の決め方に「すごくいいアイデア!」と感心し、いつか参考にしたいと考えていた。
さあ、いよいよ「源氏香の会」の始まり、始まり。
そんな中、鎌倉の我が家で、「香の会」を開催することになった。昨年、サウジアラビアの大使公邸で行われた「香の会」の続編である。そのときに出席できなかった大使夫人を中心に、「源氏香」のお遊び会をしようという話がもちあがったのが2ヶ月前。そしてアメリカの大使夫人が「JUNKOのところでどう?」と提案。小さな、冷暖房も完備していない我が家?と一瞬戸惑ったが、これは、私にとって一つのチャレンジであると考えなおし、「じゃあ、お正月にやりましょう!」ということになったいきさつがある。
いつも、大使館に招待されて、マダムたちのホスピタリティーに学ぶことが多い。この経験を生かし、いかにお客様を気持ちよくお迎えし、お帰りいただくか、ここは、私ができる範囲の最高のもてなしをめざそうと思ったのだ。
まず、招待状の作成。お気に入りの雑貨や「ここん」(ここにはお香グッズがもたくさん用意されている)で、招待状用の便箋セットを購入。もちろん、文香も忘れない。季節を考えて梅の形をしたものに。手紙を開けたときにプーンと漂ってくる香り、気付いてくれるといいけれど。
次に、姉に料理の準備をお願いする。料理大好きな姉にメニューはおまかせ。義母が清水の舞台から飛び降りる気持ちで買ったという輪島塗りのお弁当箱を使わせていただくことに。お雑煮椀も、しばらく使っていない塗りのお椀を準備した。お正月にでかけた「九つ井」で見つけたカラフルな長皿を購入。これも料理を引き立てることだろう。
お香の準備は、前回と同じく近藤先生にお願いした。そのお弟子さんの遠州流お家元の名鏡先生、そのお嬢様もお手伝いに来てくださることに決まった。
築20年の客殿の畳替え、障子の張替えも年末には終わり、寺の門と塀の修復作業もほぼ完了した。「もっと大きいお寺で開催したほうがいいんじゃないの?」と義父の心配をよそに、準備は着々と進んでいく。小さい寺だからこそ、心のこもったおもてなしが出来るはず。それを考えるのは楽しい作業だ。
今回の出席者は、ウルグアイ大使、アメリカ大使夫人、ノルウェー大使夫人、スイス大使夫人、モロッコ大使夫人とパキスタン大使夫人の5人だ。このマダムたちの昼食のお席をどう決めるか?外務省の優先順位に従うには、あまりにも芸がなさすぎる。そこで、小さな干支の置物とコースターを「ここん」で購入した。まず小指の先ほどの可愛い干支の置物を、部屋に入るときに選んでいただき、その干支と同じコースターの置いてある席に座っていただくことにした。このアイデアは、モロッコの大使夫人に学んだもの。可愛い靴を使った席順の決め方に「すごくいいアイデア!」と感心し、いつか参考にしたいと考えていた。
さあ、いよいよ「源氏香の会」の始まり、始まり。
ウルグアイ大使卒業式
ウルグアイ大使が、1月末に離日される。
赤井勝氏の花レッスンで、卒業式を行うことになった。場所は、前回に引き続きアークヒルズクラブで行われた。今日の花は、ピンクが基調。深い色から淡い色まで、様々なピンクが勢ぞろいした。その中でも、チョコレートコスモスに心が惹かれた。ほのかなチョコレートの匂いが漂ってくるような。。。甘くて切ない恋の花だ。来月にはバレンタインデーもある。そんな日のために、この花はぴったりかも。
花で日本の美を伝えたいと、一生懸命装花してくださったことが印象深いです」と大使が挨拶された。赤井氏は、目に涙をためて(この方は、いつもお別れの会ではウルルンになられるのだ。。。)心をこめて、卒業証書を手渡した。
、今日、他に集まったのは、ノルウェー、モロッコ、アイスランド、ニカラグア、ベネズエラの大使夫人たち。ベネズエラの大使夫人は、実はオペラ歌手。ウルグアイ大使のために、心をこめて「桜」を歌ってくださった。その美しい声にうっとり。
どうか、いつまでも花の心、日本の心を忘れないでくださいね、とそんなメッセージが聞こえてきそうな歌であった。ブラボー!
赤井勝氏の花レッスンで、卒業式を行うことになった。場所は、前回に引き続きアークヒルズクラブで行われた。今日の花は、ピンクが基調。深い色から淡い色まで、様々なピンクが勢ぞろいした。その中でも、チョコレートコスモスに心が惹かれた。ほのかなチョコレートの匂いが漂ってくるような。。。甘くて切ない恋の花だ。来月にはバレンタインデーもある。そんな日のために、この花はぴったりかも。花で日本の美を伝えたいと、一生懸命装花してくださったことが印象深いです」と大使が挨拶された。赤井氏は、目に涙をためて(この方は、いつもお別れの会ではウルルンになられるのだ。。。)心をこめて、卒業証書を手渡した。
、今日、他に集まったのは、ノルウェー、モロッコ、アイスランド、ニカラグア、ベネズエラの大使夫人たち。ベネズエラの大使夫人は、実はオペラ歌手。ウルグアイ大使のために、心をこめて「桜」を歌ってくださった。その美しい声にうっとり。どうか、いつまでも花の心、日本の心を忘れないでくださいね、とそんなメッセージが聞こえてきそうな歌であった。ブラボー!
ウルグアイ大使のお別れ会
ずうっと一緒に花のレッスンをしてきたウルグアイ大使が離日することになった。
そのお別れ会が、パレスチナ大使公邸で行われた。集まったのは、お花の仲間のマダムたち。アメリカ、キューバ、ギリシャ、オマーン、ニカラグア、ベネズエラ、ノルウェーの大使夫人、そしてウルグアイ大使のお嬢さんも参加した。
この日、朝の飛行機で福岡から羽田に飛んだ私は、東五反田にあるパレスチナ大使公邸に直行した。会はすでに始まっていて、ウルグアイの大使がちょうどスピーチをしているところであった。「花で通じた私たちの友情がい
つまでも続きますように」との挨拶に続いて、バラエティに富んだパレスチナの料理を堪能した。心を込めてパレスチナ大使夫人が用意した料理は、どれも美味しい。
それにしても、また花レッスンのマダムが1人去っていくのは寂しいかぎりだ。1月の終わりに離日を予定しているウルグアイの大使とは、それまでに何回かお会いする予定。一緒に過ごせる時間を大切にしたいと思う。
そのお別れ会が、パレスチナ大使公邸で行われた。集まったのは、お花の仲間のマダムたち。アメリカ、キューバ、ギリシャ、オマーン、ニカラグア、ベネズエラ、ノルウェーの大使夫人、そしてウルグアイ大使のお嬢さんも参加した。この日、朝の飛行機で福岡から羽田に飛んだ私は、東五反田にあるパレスチナ大使公邸に直行した。会はすでに始まっていて、ウルグアイの大使がちょうどスピーチをしているところであった。「花で通じた私たちの友情がい
つまでも続きますように」との挨拶に続いて、バラエティに富んだパレスチナの料理を堪能した。心を込めてパレスチナ大使夫人が用意した料理は、どれも美味しい。それにしても、また花レッスンのマダムが1人去っていくのは寂しいかぎりだ。1月の終わりに離日を予定しているウルグアイの大使とは、それまでに何回かお会いする予定。一緒に過ごせる時間を大切にしたいと思う。
母のそばで
1月に熊本の実家にもどるのはひさしぶりだ。
実家といっても、母は老人専用のホームにいる。今は、ここが私の実家。不思議と落ち着くのは、母がいるからだ。4ヶ月ぶりに会う母は、顔の色つやもいいし、元気そうで安心する。私の顔を見ると、とても嬉しそうに微笑む。そう、この顔を見たくて、私は実家に帰ってくるのだ。
夕食は、4人の入居者の方たちと一緒。家族がついている人もいれば、ひとりで食べている人もいる。1年のうちで母と過ごせる短い時間は、私にとって何より大切な時間だ。消灯の時間になるまで、私は母のそばにいて、動かなくなった右手をさする。母は気持ちよさそうに、目をつぶっている。
ベッドに寝かせて、布団をかける。「明日また来るからね」と声をかけると、こくりとうなづく母の顔はまるで赤ちゃんのよう。私が子供のころ、こうやって母に寝かせてもらっていたんだろうと想像する。
早く、明日になーれ!
実家といっても、母は老人専用のホームにいる。今は、ここが私の実家。不思議と落ち着くのは、母がいるからだ。4ヶ月ぶりに会う母は、顔の色つやもいいし、元気そうで安心する。私の顔を見ると、とても嬉しそうに微笑む。そう、この顔を見たくて、私は実家に帰ってくるのだ。
夕食は、4人の入居者の方たちと一緒。家族がついている人もいれば、ひとりで食べている人もいる。1年のうちで母と過ごせる短い時間は、私にとって何より大切な時間だ。消灯の時間になるまで、私は母のそばにいて、動かなくなった右手をさする。母は気持ちよさそうに、目をつぶっている。
ベッドに寝かせて、布団をかける。「明日また来るからね」と声をかけると、こくりとうなづく母の顔はまるで赤ちゃんのよう。私が子供のころ、こうやって母に寝かせてもらっていたんだろうと想像する。
早く、明日になーれ!
2012年がやってきた!
いよいよ2012年の幕あけだ。
毎年、朝6時から、鎌倉の光則寺でお経をあげるのが恒例の行事。まだ暗いうちに起きて、お寺まで歩いていく。昔は、結構歩いている人が多かったのに、今日は人通りもまばら。ちょっと寂しい。光則寺でのお参りが終わると、次は家での読経が始まる。2年前に脳梗塞で倒れた義父も、なんとかお経をあげるほどに回復した。これから1年の平安を祈る。
八王子で会社の寮生活をしている長男がもどってきた。沖縄でアナウンサーをしている三男は、一番忙しいこの時期に帰ってくることができない。元旦から仕事の入っているミュージシャンの次男も昨夜からもどってこない。食卓を5人で囲み、我が家自慢の伊達巻きを食べる。来年も、再来年も新年には同じ行事、同じ食事が延々と続いていくのだろう。ただ、その食卓に座る人は、増えていってほしいと切に願う。
そう、29歳を筆頭に、わが息子たちは独身なのだ。今年は、是非家族が増えてほしいという願いを込めて、家族5人の写真を中央に、まわりにそれぞれの息子たちの顔をアップにした年賀状を某フォトショップのネットサービスで用意した。事前にこの年賀状が家族に見つかると、ストップがかかる恐れがあるので、内緒にしていた。ところが、大掃除のときに、たまたま残っていた1枚が夫に見つかってしまった。そして案の定、すごいおかんむり。肝心の息子たちではなく、なぜ夫がこんなに怒ったのか。実は、家族5人の写真は、中央に私、両端に夫と長男が並んでいたのだが、規定のサイズより写真が大きかったために、できあがってきた写真では、両端の二人が半分カットされていたのだ。
正月草々、「ごめんなさい」と夫に謝る私。でも、私の年賀状を見て、「うちの娘は、うちの姪はどうかしら?」と言ってくれる人がいることを、心密かに期待している。
毎年、朝6時から、鎌倉の光則寺でお経をあげるのが恒例の行事。まだ暗いうちに起きて、お寺まで歩いていく。昔は、結構歩いている人が多かったのに、今日は人通りもまばら。ちょっと寂しい。光則寺でのお参りが終わると、次は家での読経が始まる。2年前に脳梗塞で倒れた義父も、なんとかお経をあげるほどに回復した。これから1年の平安を祈る。
八王子で会社の寮生活をしている長男がもどってきた。沖縄でアナウンサーをしている三男は、一番忙しいこの時期に帰ってくることができない。元旦から仕事の入っているミュージシャンの次男も昨夜からもどってこない。食卓を5人で囲み、我が家自慢の伊達巻きを食べる。来年も、再来年も新年には同じ行事、同じ食事が延々と続いていくのだろう。ただ、その食卓に座る人は、増えていってほしいと切に願う。
そう、29歳を筆頭に、わが息子たちは独身なのだ。今年は、是非家族が増えてほしいという願いを込めて、家族5人の写真を中央に、まわりにそれぞれの息子たちの顔をアップにした年賀状を某フォトショップのネットサービスで用意した。事前にこの年賀状が家族に見つかると、ストップがかかる恐れがあるので、内緒にしていた。ところが、大掃除のときに、たまたま残っていた1枚が夫に見つかってしまった。そして案の定、すごいおかんむり。肝心の息子たちではなく、なぜ夫がこんなに怒ったのか。実は、家族5人の写真は、中央に私、両端に夫と長男が並んでいたのだが、規定のサイズより写真が大きかったために、できあがってきた写真では、両端の二人が半分カットされていたのだ。
正月草々、「ごめんなさい」と夫に謝る私。でも、私の年賀状を見て、「うちの娘は、うちの姪はどうかしら?」と言ってくれる人がいることを、心密かに期待している。
2011年を振り返って
早いもので、2011年が終わろうとしている。
今日は、最後の日。朝早くから目が覚めてしまった。この1年の締めくくるにあたって、やることはたくさんある。なのに、時間だけが過ぎていく。そして迎えるであろう2012年。その年は、あと20時間後にはやってくるのだ。
3月11日の未曾有の災害により、多くの人の命が失われた。そしてそれに引き継いで起こった福島原発事故。日常の生活が脅かされる日々が続く。災害が他人事のように思って過ごしていた私たちに、いつでもその被害者になることの恐怖心を植えつけた。そう、この1年は、今までで一番試練の年であったように感じる。
3月以降の私の生活も激変した。毎年行われるべき行事が次々とキャンセルになった。それに伴い、仕事も減った。しかし、同時にボランティアの仕事がすごく増えた。それは、今、私ができる最大のことだと自分に言い聞かせた。収入は減ったけれど、学ぶことは多かった。
4月に福島の被災地に行き、避難所を訪問した。地震におびえ、なき続けた子供たちは落ち着いただろうか?津波で家を流され、住むところも仕事もなくした人たちは、この寒さの中、どうやって暮らしているのだろうか?
旅行客が激変し、観光復興のために、大使たちと北海道や新潟を訪れた。暗い出来事の多かった一年の中で、楽しい旅の思い出になった。
地震でいったんは出演をあきらめかけた国立劇場での日舞の会。いろいろな思いが交差する中で、真剣に舞踊に取り組めたことは、今になってみると、感謝すべきことだと思う。
いけばなインターナショナルの本部第一副会長としての仕事は、日々学習であった。英語での会議、総会の司会など、緊張する場面が多かった。海外とのメールのやり取りは、一日100通以上という日がざらであった。人と意見を戦わせることもあったし、譲歩することも覚えた。ため息をつくような仕事の量と難しさに戸惑い、悩み、そして学んだ一年であった。
初めて、作詞にトライした。私の著書をもとに作詞をし、三枝成彰さんが作曲した「世界の言葉でアイ・ラヴ・ユー」が、ザ・ジェイドによって歌われた。とても不思議な曲。。。。でも私はとても気に入っている。
2011年は、いろいろな人との出会いがあった年。指揮者の小澤征二さん、ジャズの渡辺貞夫さん、そして皇后様にお会いしてお話しできたことは、私にとってかけがえのない人生の宝となった。皇后様の、日本人の痛みを共有していらっしゃるお姿に感動すら覚えた。
こうして振り返ってみると、辛いことも多かったけど、素晴らしい経験もさせていただいた。苦しかった分、感動したことも多く、人生をより深くしたと感じる1年であった。そんな一年の最後の日は、どんな日になるのだろう。
大事に過ごそうと思う。
今日は、最後の日。朝早くから目が覚めてしまった。この1年の締めくくるにあたって、やることはたくさんある。なのに、時間だけが過ぎていく。そして迎えるであろう2012年。その年は、あと20時間後にはやってくるのだ。
3月11日の未曾有の災害により、多くの人の命が失われた。そしてそれに引き継いで起こった福島原発事故。日常の生活が脅かされる日々が続く。災害が他人事のように思って過ごしていた私たちに、いつでもその被害者になることの恐怖心を植えつけた。そう、この1年は、今までで一番試練の年であったように感じる。
3月以降の私の生活も激変した。毎年行われるべき行事が次々とキャンセルになった。それに伴い、仕事も減った。しかし、同時にボランティアの仕事がすごく増えた。それは、今、私ができる最大のことだと自分に言い聞かせた。収入は減ったけれど、学ぶことは多かった。
4月に福島の被災地に行き、避難所を訪問した。地震におびえ、なき続けた子供たちは落ち着いただろうか?津波で家を流され、住むところも仕事もなくした人たちは、この寒さの中、どうやって暮らしているのだろうか?
旅行客が激変し、観光復興のために、大使たちと北海道や新潟を訪れた。暗い出来事の多かった一年の中で、楽しい旅の思い出になった。
地震でいったんは出演をあきらめかけた国立劇場での日舞の会。いろいろな思いが交差する中で、真剣に舞踊に取り組めたことは、今になってみると、感謝すべきことだと思う。
いけばなインターナショナルの本部第一副会長としての仕事は、日々学習であった。英語での会議、総会の司会など、緊張する場面が多かった。海外とのメールのやり取りは、一日100通以上という日がざらであった。人と意見を戦わせることもあったし、譲歩することも覚えた。ため息をつくような仕事の量と難しさに戸惑い、悩み、そして学んだ一年であった。
初めて、作詞にトライした。私の著書をもとに作詞をし、三枝成彰さんが作曲した「世界の言葉でアイ・ラヴ・ユー」が、ザ・ジェイドによって歌われた。とても不思議な曲。。。。でも私はとても気に入っている。
2011年は、いろいろな人との出会いがあった年。指揮者の小澤征二さん、ジャズの渡辺貞夫さん、そして皇后様にお会いしてお話しできたことは、私にとってかけがえのない人生の宝となった。皇后様の、日本人の痛みを共有していらっしゃるお姿に感動すら覚えた。
こうして振り返ってみると、辛いことも多かったけど、素晴らしい経験もさせていただいた。苦しかった分、感動したことも多く、人生をより深くしたと感じる1年であった。そんな一年の最後の日は、どんな日になるのだろう。
大事に過ごそうと思う。
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